古き良きものを後世に残したい
Case9. 郷 悠司(ごう ゆうじ)さん・郷 瑞季(ごう みずき)さん|邑マルシェ

つくば市栗原という古くからの住民と新しい住民が入り交じる地域のとある一軒の古民家で、毎年2月と11月の年2回開催されている邑マルシェ。
古民家の門をくぐった瞬間にまるで時代を遡ってタイムスリップしたような、はたまた幼いころに駆け回った祖父母の家に瞬間移動したような、まさにあの日の懐かしさが蘇る風景が目の前に広がります。
古き良き新しいマルシェを主催している5歳差の兄妹、郷悠司さんと瑞季さんにお話を伺ってきました。
自宅でマルシェを始めたきっかけ
2017年から開催するこの邑マルシェは、実はお二人のお母様が始められました。新型コロナウイルス流行前は毎月開催していましたが、新型コロナウイルスの影響で1年間休んだ後、お母様の体力を考慮して2カ月に1回というペースで再開されました。
そんな邑マルシェのこの会場では募金箱が見受けられますが、なんとそこに邑マルシェを始めたきっかけが隠されていました。
お二人のお母様のご実家である邑マルシェの会場『下邑家』。
一番古い建物で江戸後期からある下邑家は、およそ150〜200年もの長い間、この地域を見守ってきました。米農家として歩みを進める中、明治時代から質屋を兼業するようになったことで戦前まで小作人を雇うほどの米農家にまで発展し、自宅の規模が拡大していきました。
しかし、時代が流れるとともに建物は老朽化し、今となっては大部分において修繕が必要となりました。ただし、そのためには膨大な費用がかかり、さらには知り合いや頼れる人がいない中で思いついたのは、まずはこの家のことを知ってもらい、修繕に必要な資金を調達するためにマルシェを開くことでした。

ただ、実際に住まれている自宅を一般に開放し、不特定多数の人が出入りすることにはやはり抵抗があったと話します。
「たしかに抵抗はありました。しかし、ご来場いただく皆さんが丁寧に尊重して扱ってくださるので、トラブルが起きたことはありません。先祖の写真に手を合わせてくださる方もいらっしゃるくらい」
多くの方がご協力いただける様子を間近で見て、2022年から募金箱を設置し、少しずつ自宅の修繕のための資金を集めることにしました。

家族だからこそできること
家族でマルシェを開催していることはなかなか珍しいことですが、家族だからこそできる強みがそこにありました。
「家族ならどんなにケンカしても仲直りできますよね。他人とだと気を遣ってしまうので、家族だけでやる今の規模がちょうどいいんです」と悠司さん。

頼もしさの裏側で兄を慕う瑞季さんが続けて話します。「5年間、母がたった1人でやってきた邑マルシェ。その間、私たちは茨城を離れていました。手を出す勇気もなく、なんなら見ることもせず、ただ家で過ごしているだけでした。しかし、1年前のちょうど同じタイミングで兄と私が実家に帰ってきて、兄がここでレンタルスペースを始めたころ、私も一緒にやろうと決心しました。兄と一緒にやるなら大丈夫かなと」

SNSでの発信を強化するようになったのも、ちょうどその頃のこと。今は、瑞季さんが中心となってInstagramを更新し、情報を発信しています。
「邑マルシェのすべてを把握しているのは妹です。本当に頼りになる妹なんです」という悠司さんに対し、「兄もホームページやチラシ、出店者の配置などを手直しするなど、兄の鶴の一声が頼りになっているんです」とほどよく役割分担ができバランスがとれるのも、家族だからこそできることなのでしょう。

「意見は思いっきり言うし、それに対して気に食わなかったら思いっきり返ってきます。でも、数日経ってたしかに相手が言っていることがいいなと思えば採用しますし、とことんすりあわせた上で納得した形ができあがるのでストレスはありません」と笑顔で視線を交わし信頼を寄せ合う兄妹関係が羨ましくもありました。
思ったことを遠慮せず口にでき、どんなに意見が衝突してケンカをしても必ず仲直りできる、まさに家族ならではのことです。
変化への挑戦
お母様が一人で切り盛りしていた最初の5年間は、わずか10店舗ほどだけの出店者で開催していました。キッチンカー1台を、マルシェの顔のように下邑家の門構えをくぐってすぐに配置するのがお母様のこだわり。しかし、今は門構えをくぐった先には広々と庭が広がっています。

「当初のマルシェの形を変更していくことは、とても勇気のいることでした。でも、ここでやるからには、ここの景観を大事にしたかったんですよね。門をくぐってすぐ目に飛び込んでくるのが、この何もない庭だけの状態がよかったんです」
一見、普通の住宅のためマルシェをやっているようには見えないという人もいるそうですが、出店者だけでなくこの家も主役にしたい一心から出店者の配置を変更するという大きな決断をされました。

取材を行ったその日はキッチンカーが今までで一番多かったそうですが、今はまだ実験中とのこと。何台くらいがバランスよく収益を得られるかなど常に試行錯誤を繰り返し、挑戦し続けます。出店者との関係性、そして出店者同士の相性を大切に、この場所の雰囲気を尊重するマルシェ運営を心がけています。
周辺地域との関わりを大切に
目下の課題は、民家の並ぶ自宅での開催がゆえに、周辺住民に迷惑を掛けることがあったこと。以前音楽ステージを開催していた時には、やはり騒音トラブルが起こったそう。
「ご近所さんには駐車場を貸していただいたりと本当に助けていただきながら開催しているので、感謝の気持ちしかありません。地域貢献はご近所さんのことを最優先に考え、この周辺に住む皆さんの幸福に繋がらなければならないと思っています」と周辺地域を思うお二人は、普段の何気ない話や日々の繋がりを大切にしながら地域の活動にも参加するなど、お二人なりの地域との関わり合いの形を模索しています。

SNSで発信し続けた効果もあり少しずつ来場者の数も増え資金も集まってきた現在、NPO法人つくば建築研究所によってまずは米蔵の改築が進んでいます。この米蔵の改築は、応援してくださる皆さんからの支援金と、地域活性化を行う団体向けのハウジングアンドコミュニティ財団による補助金で実現しました。
引き続きマルシェやレンタルスペースを実施して資金を集めていますが、敷地内にある別の崩れかけの蔵の修繕には2,000万円という大金が必要となるため、クラウドファンディングへの挑戦も視野に入れているそうです。
修繕にこだわる理由
古くなったものを壊して、新しいものを建てることが多く見られる現代。ここまでの古い家を直そうとすると修繕費は一層高くなるし、修繕できる職人も限られてしまう。では、なぜこれほどにも修繕にこだわるのでしょうか。
「私たちはこういう古い物や和の物に価値を見出しています。昔から興味があり、偶然にもこの家に住んでいる。残すことが使命だと感じています。その副産物として、私たちがモデルケースとなり、他の家にも真似してもらえたらいいな」と意気軒昂に語る悠司さんの目はきらきらと輝いていました。

「きっとこの修繕を施せるのは、僕たちの世代が最後だと思っています。最後だからこそあがきたい。できるとこまでやろうと思っています。その結果がどうなるか分かりませんが、貫き通します」と、常に挑戦し続けるお二人の強いまなざしが印象的でした。

「幅広い年齢層の方が来てくださっていて、高齢の方も多くいらっしゃってくださるのがこの邑マルシェ。数年経っても思い出すのは、物の思い出よりも時間や空気感。だから、ここにただ物を買うことだけを楽しみに来るのではなく、ここで過ごす時間という経験を味わいに来て欲しいと思っています」
筑波大学からも自転車で行くことのできる場所で開催される邑マルシェは、毎年2月と11月の第2土曜日に楽しむことができます。世代の垣根を問わず、きっと誰の心にも響くこの非日常的な風景を感じに足を運んでみては。
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市長公室 広報戦略課
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更新日:2024年02月07日